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110 隣の部屋

Auteur: 栗栖蛍
last update Date de publication: 2025-09-02 08:08:14

 冷たい雨の感触に震えながら、芙美は湊の肩に額を押し付ける。

「どうして、こうなっちゃうかなぁ」

 前に進もうとする意志を阻むように、身体が雨を拒絶した。

 湊が芙美の背に手を伸ばし、「無理しなくていいよ」と抱きしめる。

「戻ろう」

 彼の言葉は心地良いけれど、芙美は首を横に振った。

「駄目だよ。まだ二日目だよ?」

「そんなの関係ない」

「だって、宰相と約束したの」

 ──『雨の日も休まないで下さいね』

 昨日の今日で根を上げるのは嫌だった。

 ゴールまではあと少しだと思うのに、湊の肩から顔を起こした途端に足が竦んで、再び彼の肩を求める。一度起きた不安への衝動はなかなか抜けてはくれなかった。

 湊は芙美の手に自分の掌を重ねる。

「約束を破って向こうがどうのって言うなら、ペナルティを受ければいいよ。走り込みでも腕立て伏せでも、俺も一緒にやるから。だから今日は帰ろう」

「けど……」

「無理なら言ってって言っただろ? 芙美はさっき駄目だって言ってた。それが本心じゃないのか?」

「…………」

 黙ったまま俯く芙美と手を繋いで、湊は坂の下へと歩き出した。

 ハードルの横を歩く罪悪感を感じながら
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  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   エピローグ

    『最近、咲が元気なくてさ』 朝、蓮にそんな相談をされたものの、芙美の頭は今日の追試のことでいっぱいだった。 ハロンを倒して三週間が過ぎた二学期最後の登校日、放課後の教室に残ったのは芙美と他に数人だけだ。最終戦の直後に行われた期末テストの結果が予想以上に悪く、三教科も追試なった。 あんな戦いの後でも湊はいつも通り一位をキープして、智も鈴木を抑えて二位に並んだ。左腕にギプスをはめたままテストを受けた咲でさえ八位だ。「はい、合格です。ちゃんと復習しておいてくださいね」 教壇の椅子で採点する中條からプリントを渡され、ようやく解放される。どっと込み上げた疲労感を背負って教室を出ると、廊下で湊が待ち構えた。「お疲れ様」「湊くん、ずっと待っててくれたの?」「いや、向こうの準備手伝って戻ってきた」 ハロン戦の祝勝会を兼ねてクリスマス会をやろうと言い出したのは、外ならぬ絢だった。 戦いが終わったらターメイヤに戻ると言っていた一華を気にして、最近絢と話をしていない。だから満を持しての発表があるのかと思うと、素直にパーティを喜ぶことができなかった。 校庭では雪合戦をする小学生の声が響いている。昨日降り積もった雪で一面が真っ白になって、競い合うように作った雪だるまが大小いくつも並んでいた。 あの日空間隔離を解いた町が、戦いの爪痕を残すことはなかった。全て夢であったかのような平和な時間が流れている。大人たちもすぐに元の姿へ戻り、結局芙美はルーシャの顔をした絢に会うことはできなかった。 チュウ助は他の誰にも懐かず、今は湊のマンションで暮らしている。ペットは駄目だが鳥ならOKという約款を無理矢理押し通したのと、絢が周囲に催眠効果のある魔法をかけた事でどうにか受け入れられている。「ねぇ湊くん、咲ちゃん元気だった?」 テストから解放された頭がふと朝の蓮を思い出した。「海堂? 別に変わった様子はなかった気がするけど。何かあった?」「うん、お兄ちゃんがちょっとね」「お兄さん? 具合でも悪いの?」「ううん、うちのお兄ちゃんは元気だよ。ただ、咲ちゃんが──ね」 あの日学校の屋上でハロン戦を最後まで見ていた蓮は、その記憶を今もちゃんと覚えている。戦いが蓮の目にどう映ったのかは分からないが、彼が芙美にその話題を振ることはなかった。 湊が言う通り、今日の咲は芙美の目にも

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   175 終わりだよ

     雨と雪をたっぷり吸ったドロドロの土を弾きながら、芙美はハロンの背を追い掛けて坂を一気に駆け上がった。ハロンに踏み潰された木や草や石が土にめり込んで、広場までの一本道を作っている。 智と離れてぶり返す寒さも、走っているせいでむしろ心地良く感じられた。 弱まったとはいえ、ハロンの気配はまだまだ強い。 体力なんて残っていなかったが、それでも足を動かせる原動力は咲がくれた言葉だ。 ──『僕はどっちでもいいよ。生きて明日を迎えられるならね』 明日もその先も、何度でも朝を迎えるために。 この戦いは、リーナにとっての雪辱戦だ。「これが本当に最後だよ」 広場の方向からズゥンと腹を震わせるような重い音が絶え間なく鳴り響いている。 芙美は闇の先にハロンの背を捉えて、足を速めた。 広場に出て絶句したのは、不安が現実になる瞬間だったからだ。 闇に響く音は、この世界と外の世界とを繋ぐ境界線が震える音だった。遥か高い位置にある次元の歪みを、ハロンの頭が塞いでいる。「あそこまで飛んだの?」 一見信じられない光景だった。 ビル程の身体を持つハロンが羽のない状態で跳び上がったとは思えないが、首吊り状態でもがく巨体は頭をぐいぐいとねじ込んで、収縮し始めた穴を湾曲した爪でこじ開けようとしている。 地団太を踏むように暴れる身体が左右に振れて、ギシギシと嫌な音を響かせる。 ハロンは元居た場所へ帰ろうとしているのか──それは次元隔離をするのと同じことだ。「羽を失ったから? だからそこへ行きたいの?」 ターメイヤでの戦いで失った羽は、次にこの世界に出た時にはすっかり元通りに再生していた。その穴に入れば修復できることを、ハロンは知っているのかもしれない。 次元隔離の魔法でこのまま押し込むのは簡単なことだけれど、その選択は同時に芙美の再転生を意味する。「どうすればいいの?」 十七年ぶりに外の世界へ出て、閉鎖的な隔離空間の壁を突き破ろうとしたハロンが、再び次元の歪みに戻ろうとしている。 羽を失う事が、やはりハロンにとって致命傷になったようだ。「やっぱり、湊くんはすごいんだな」 ただ必死に生き延びようとする様は、人間らしいとさえ思えた。「引きずり出せよ、芙美!」 遅れて着いた仲間が、声援をくれる。 旗を振る咲を支えていた智が彼女を中條へ託し、芙美の横に並んだ。

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   174 バトンタッチ

     湊が足元へ突き刺した剣が、落雷を思わせる音と青黒い光を走らせる。足元に刻まれた放射状の亀裂が地面を砕き、バンと垂直に跳ね上がった。 芙美たちは頭上に降り落ちる土や石を避けて後ろへ跳び退る。湊から大分離れたつもりだったが、抉れた地面の端が数メートル手前にまで迫り、芙美は「ひゃあ」と叫んで咲と手を取り合った。 そんな女子二人に、智が声をかける。「目、放しちゃ駄目だよ」 促されるまま湊に向くと、彼の黒く小さな影がハロンの背に跳んで二枚の羽を一振りで切り落とした。 羽を取られたハロンが引力のまま地面へ落ち、すぐ横の川が衝撃で決壊する。轟音を立てて流れ込んだ水があっという間に水だまりを作った。雪の混じる白い風景がみるみると血に染まり、生々しい臭いを漂わせる。 智が陥没した地面の淵に立って文言を唱えた。彼の手から伸びた光が水面に浮かぶ二枚の羽を狙い、業火で包み込む。 炎が風景を赤く照らし、黒く煤化した羽が散り散りになって舞い上がった。 向こうから湊が走って来るのが見えて、芙美は声を張り上げる。「湊くん!」 目の前に来た湊が両膝に手をついて肩を上下させる。咲は「凄いぞ」と声を弾ませて、彼の背中を勢い良く叩いた。 湊は眉をしかめつつも、ホッとした安堵を仲間に向ける。彼の頭上でピョンピョンと跳ねるチュウ助を、中條が覗き込んだ。「本当に懐いているんですね」「懐いてるっていうか、懐かれたっていうか。突然こんな風になっちゃって」「これはダズ鳥ですよ。知っていましたか?」「いや、知りませんでした。そうなんですか?」 湊は驚いて、丸めた背を伸ばした。目の前に浮いたチュウ助と目を合わせて、「マジ?」と首を傾げる。「あなたの御父上も、昔綺麗な成鳥を連れていましたね」「話に聞いたことはあります」「その鳥を連れているのは、あなたが強いという証拠です。ハロンの羽を捕った自分に胸を張りなさい」「はい」 湊は胸に跳び付いたチュウ助を抱きしめて、笑顔をこぼした。 辺りが少し明るくなったことに気付いて、芙美は空を仰ぐ。 ハロンは羽を捥がれた状態で、その痛みを逃すように大きく吠えた。前の戦いで雨を降らせた咆哮が、今度は雨をしずめて空に月を浮かばせる。「喜んで……良いのかな?」「まだだって」 勝機を垣間見た芙美の横で、智が「気が早いよ」と首を

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   173 血の雨、そして晴れ

     ハロンとの間合いを詰めようとダッシュした足が雨に緩んだ土にとられて、体勢を崩した。すぐに立て直したものの、四割減の勢いで跳び上がった身体は湾曲したハロンの爪に弾かれて地面に叩き付けられる。 少し前からやたらと騒がしいギャラリーが気になって仕方ない。 咲が大声を張り上げて、何やら言いたいことを一方的に言い切って、芙美と共に距離を離した。そうしたら今度は智や中條まで合流して、ワイワイと盛り上がっている。 キンと高い咲の声は、湊にとって耳障り以外の何物でもなかった。「声がデカいんだよ」 ハロンとの真剣勝負だというのに、気が散って仕方がない。敵に隙を見せてしまったのはあいつ等のせいだ──と、湊は搔きむしるように泥を掴んだ。 舌に絡んだ泥水を吐き出し、水を吸って重くなったコートを脱いで遠くへ放り投げる。身体は十分に温まっていた。 ハロンは威嚇するようにダンと足を地面に叩き付ける。溶けかけの雪を含んだ水しぶきが辺りに跳ね上がった。「湊、山なんて幾らでも壊していいんだからな!」 再び咲の声が届く。 さっきといい、今といい、彼女の言葉はもう腹いっぱいだ。 ──『湊! お前は必殺技を打てるんじゃないのか?』 まさか彼女の口からそれを聞くとは思わなかった。湊の思っている技と同じかどうかは分からないが、彼女が側を離れたことに意味があるのなら、合致するのかもしれない。 湊は今それを打とうとしている。 父から初めてその技を見せられた時、ラルはただカッコいいと思った。自分もいつか出来るようになりたいと期待したが、今の自分の成功率は良く見積もって七割だ。 棒切れの竿に張り付いた旗が風に重くなびいて、咲たちの位置を示す。 咲のお陰で広さは確保できていた。いつも面倒だ、やかましいと思う彼女を、湊は「流石」と笑う。「アンタがいて良かったよ」 勿論、その声が彼に届くことはないけれど。 技を打てば、もう自分は立っていられないだろう。 それでも今は、成功率の微妙な一発に賭けるしかない。このままダメージを与え続けても、空に逃げられてしまえばヤツは回復してしまうのだ。「倒せなくてもいい、芙美に繋げろ」 剣を構えると、チュウ助が「チュウ」と鳴いた。「チュウ助、お前は何かできるのか? さっきみたいなのがあると心強いんだけど」 黒いハロンの位置を示すように飛んだチ

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   172 その鳥の名前は

     咲は芙美の手を握り締めて、北へ向かって戦闘を離れた。 山側ではなく中央の道を選んだのは、カーブのある坂道では湊の様子が見られないと思ったからだ。後ろを何度も振り返り、彼の姿がギリギリ確認できる位置で止まる。「本当に必殺技なんて使えるのかな?」 心配する芙美に、咲は「わからない」と首を振る。 ──『技に集中しろ!』 ただ一方的に叫んで、独断で距離を離した。 それが湊にとってプレッシャーになるのか自由になれるのかはわからないが、彼の動きが少しだけ良くなったような気がする。「リーナ、ヒルス!」 背後から突然合流したのは智だ。 さっきまでハロンと戦っていた疲れも見せない彼にホッとしたところで、その背後に思いもよらない人物を見つける。「えっ、宰相?」 驚愕に声を詰まらせる咲をよそに、芙美が先に声を上げた。 ルーシャやメラーレが過去の姿に戻っていたように、彼もまた昔の顔をしている。「驚きすぎですよ」 鬼の宰相ギャロップメイこと中條明和は、いつものおかっぱ髪はそのままに、トレードマークである眉間の皴を深く刻む。彼は咲の添え木された腕と、緊張を忘れたような芙美の表情をチラと見て、涼しい顔を戦闘中の湊へ向けた。 「どうです?」と戦況を尋ねたところで、中條の顔が訝しげに歪む。「あれは……?」 咲よろしく、彼もまた湊の頭に乗る異物に気付いた。 チュウ助は湊の頭にしがみついたまま、たまに飛び上がってはその定位置へ戻るを繰り返している。「あれってターメイヤの鳥ですよね? どっかで見たことあるような……」 智も「あれ」と首を傾げた。「おそらくダズ鳥の一種だと思います。まだ成鳥ではありませんが」「ダズ鳥? は、はくしょん」 呟いた芙美が、寒さに震えて大きくくしゃみした。「リーナ寒いの?」「僕だって寒いぞ」 炎の魔法の効果で上着すら着ていない余裕顔の智に、咲は嚙みついた。足元の雪と降りっぱなしの雨のせいで、もう感覚がおかしくなっている。 智は「ごめんごめん」と謝って、小さく文言を唱えた。彼の指がキザっぽくパチリと音を鳴らした瞬間、緋色の明かりがパッと咲いて辺りが暖かい空気に包まれる。 雨は降っているのに、冷たいという感覚が一瞬で消えた。「えっ、お前こんな魔法使えたの? だったらもっと早くに……」「俺の側に居るのが条件な。あ

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   171 我儘を貫く

     記憶の石に込められた運命は、次元隔離の魔法だという。 もしこの戦いに決着がつかない時は、前世と同じようにハロンを次元の外へ追い出して、再び別の世界で迎撃する──そのメンバーは、この世界での生を絶たなければならないのだ。 選ばなければならない未来への選択肢の一つがそれだというのか。「ふざけるなよ」 怒りに捕らわれて、咲は声を震わせた。「そんなの駄目に決まってるだろ? 折角また会えたんだぞ? まだ一年も経っていないじゃないか」「咲ちゃん……」「僕は我儘なんだ。蓮とも別れたくないけど、芙美とだって絶対に別れたくない」「私だって、使いたくないよ」 芙美はそれを最終手段だという。けれど戦局が思う方へ向かず、葛藤しているのがひしひしと伝わってくる。 ハロンと必死に戦っている湊を信じてはいるけれど、芙美の焦りが伝わってきて、咲は苛立ちを募らせた。「湊はあの必殺技を使うことができるのか?」 剣士が出せるという必殺技は、兵学校で習ったわけじゃない。そんなのがあるという噂を聞いて、見様見真似でそれっぽいことをしただけで、結局ヒルスは技を取得することができなかった。 湊が使えるかどうかはわからないが、技の存在を知らないはずはないだろう。 昔の記憶が蘇って、咲は唇を噛む。 あれは魔法使いの真似事だ。魔法使いに嫉妬した剣士が面白半分に生み出した技だという。「分かるよな、湊」 咲は小さな声で問いかけるように呟いた。その技を生み出したのは、ロイフォン──パラディンである彼の父親なのだ。 ハロンの正面に飛び上がった湊が、厚い皮に覆われた腹に剣を滑らせて着地したのを確認し、咲は声を張り上げた。「湊! お前は必殺技を打てるんじゃないのか?」 それは地表と剣を同化させ、地面を揺るがす技だ。 咲の声に気付いた湊が、一瞬ギャラリーの方を向く。闇に陰った表情は見えないが、彼もまた何かに迷っているようだった。「打てないのか……いや、打つことができないのか?」 その可能性を垣間見て、咲は戦場を見渡した。その技が放たれる瞬間を見たことはないが、辺り一帯の風景を入れ替えるほどの威力だと聞いている。 もし仲間を守る使命感に駆られているのなら、そんなのはお門違いだ。「湊、僕たちに遠慮することなんてないんだからな!」 雨が重い。湊にその声が届いているのかどうかは分から

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   152 絶対に死なせない

     ターメイヤの古文字を刻んだ炎が帯状に伸びて、背中からハロンにぐるりと絡みつく。縄で締め上げるように智はその端を掴んで、力強く引き付けた。 陽炎を燻らせて炎が勢いを増す。 硬い皮膚を焼き付ける熱に、ハロンはダンと地面を足で打ち付けて赤い瞳の照準を智に移した。「ヒルス……」 その姿を目の当たりにして、智は背筋を凍らせる。 ハロンの股の奥に覗く咲は、全身を血だらけにしてぐったりと地面に伏していた。「何で、こんなことになってんだよ!」 智はハロンを睨み上げる。炎の帯を手放すと、巨体に貼りついた赤がぐにゃりと波を打って弾けた。衝撃に鳴くハロンは無傷に近い。 さっきハロンが智の初期位置

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   143 哀しいキス

    「智くん……」 涙交じりの一華の声に足を止めて、芙美は下駄箱の陰に身を潜めた。冷え切った空気に自分の肩を抱いて、少しでもと体温を留める。 二人は昇降口から出た所に居るが、一人通れるほどの隙間から声がはっきりと聞こえた。 ダッフルコートを肩に掛けた一華の目元は良く見えなかったが、嗚咽を漏らした彼女を智が両腕で抱き締める。 智は魔法使いだ。慌てて芙美が気配を消した所で、とっくに気付いているだろう。聞き耳を立てるなんて良くないと今更ながらに思ったが、そこから動くことができなかった。 もう夜も大分遅い。 二人がここで会っている経緯は分からないが、恋人同士の密会なんて甘い雰囲気は全くなかっ

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   142 羊が300匹

     冬のバーベキューは、予想の十倍は寒かった。 鉄板の熱で暖を取ろうと手を伸ばすが、いまいち心許ない。「誰だよ、外でバーベキューしようなんて言い出したの」 咲は蓮のパーカーにコートを羽織って、山盛りの肉を皿に盛りながら訴えた。「私よ」と答えたのは絢だ。「こんなの校舎の中でやる訳にはいかないでしょ? 文句があるなら食べないで頂戴」「食べるぞ。食べないとやってられないからな!」 真っ暗な校庭の隅で、昇降口を照らす外灯を頼りにバーベキューをする。雪はやんでいるが、夜になって一段と冷え込む空気に手がかじかんだ。 ターメイヤからの転生組と大人達転移組が全員で集まるのは、今日が初めてのような

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   140 舟を漕ぐ

     朝降っていた雪も昼前にはやんで、放課後になる頃には地面がすっかり土の色に戻っていた。 今日は芙美たち『運動する部』以外は一斉下校になっていて、生徒たちはあっという間に校舎からいなくなった。 冬合宿中の寝泊りは、校舎内で行う予定になっている。ハロンの気配が少ないせいか、まだまだ戦闘気分にはならず、『合宿』の空気感が強かった。 まずは作戦会議がしたいと言われ理科室に集められる。 教壇で淡々と話す中條の低音ボイスが眠りへと誘う魔法の文言に聞こえた。温い室温に瞼がどんどん重量を増して、芙美は大振りに舟を漕ぐ。 午前中の授業は平気だったのに、お昼ご飯を食べた辺りから目を開けているのがやっと

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